※原作終了後の妄想
暦の上ではすでに春とはいえブリッグズはまだまだ寒い。アメストリス国のどこよりも遅く春を迎え、どこよりも早く冬が訪れるブリッグズ砦ではラジオから流れる季節の便りもどこか遠くの出来事だ。この寒さはあと数週間続くだろう。冬は嫌いではない私だが、それでもこの刺すような空気の冷たさには辟易する。時々寒風に身震いしながらもようやく自身の執務室へ到着すると手袋、マフラー等の重装備をのそのそと解いた。ストーブの焚かれた室内は嘘みたいに暖かい。なんなら暑いくらいだった。これもまた北国の日常である。私が防寒具をロッカーにぶち込み、始業の準備をしているところへ一足遅れて同僚のベアトリクスもやってきた。
「ねえ、彼氏ほしくない?」
朝の挨拶もそこそこに、突然彼女が尋ねてくる。は?彼氏?どうして急に?
「別にいらないけど……」
「即答!?彼氏、居たら楽しいよ~?一緒に買い物したり、家で二人っきりで過ごしたり。これから暖かくなるし、ちょっと旅行とかもいいんじゃない?」
「私は一人の方が気楽だからいいかな」
「そんなこと言わないで……紹介したい人がいるの!一生のお願い!」
「……どういうこと?」
ベアトリクスがやたら必死なので、私はその理由を話すなら考えてもいいと答えた。曰く、彼女の同期である砦の作業員から誰か紹介してくれないかと頼まれたらしい。ここブリッグズは土地柄なのか女性の人数が少ない。女性事務員が居ないこともないが、要塞で働く現場の人間とは日頃の接点などほぼ皆無だった。その数少ない女性兵士の、さらにフリーである私に白羽の矢が立ってしまったということらしい。
「彼女くらい自力で見つけろって伝言しておいて」
「いやいや、にも悪い話じゃないって」
「悪くはないかもしれないけど、良くもない」
「相変わらずつれないなあ」
「大体、それどんな人なの?」
「良い人だよ!」
「……それは褒めるところがない人に使う褒め言葉では」
「いやいやほんと、すごく優しい人なんだって!だからこそ良い人止まりって感じなのかもしれないけど」
優しいだけじゃ物足りないとかいう理不尽な理由で振られるタイプの人かあ。顔も知らないその人に同情こそするものの、こればかりは相性というものなので頑張れとしか言いようがない。ともかく私は今恋愛だの彼氏だのにはまったく興味がないのでどっちみちノーセンキューだ。
「悪いけど、私はパスで。他当たってくれる?」
「ちょっと食事するだけでいいから、お願い!」
「……私はどうせその気ないし、食事なんかしたところで向こうも時間の無駄だと思うけど……」
「いいの?。おごりだよ?お・ご・り」
私は「おごり」の3文字に滅法弱かった。ましてや給料日直前、飛びつかないわけがない。ペンを走らせる手がぴたりと止まったのをチャンスと見たのか、ベアトリクスが「別に食事したからって即付き合えって話じゃないんだからさ」と追い打ちをかける。
「…………い、一回くらいなら行ってもいいかな……」
「……あんたのその欲望に逆らえないところ、好きだよ」
なんだかうまくハメられたようで悔しい気もするが、別にただ美味しいごはんを食べに行くだけだと思えばなんてことない。心の中で言い訳しつつ当日待ち合わせ場所に行くと、そこでファルマン少尉とばったり出くわした。見慣れた軍服ではないので一瞬人違いかと思って二度見したらやっぱり同一人物だったらしく向こうも私を二度見していた。
「……あれ、ファルマン少尉。奇遇ですね、こんなところで」
「ああ、ちょっとな……准尉は、誰かと待ち合わせか?」
「私はベアトリクスが……あ、同僚の子なんですけど、その子が彼氏紹介してくれるっていうので。しぶしぶ来ました」
あくまでしぶしぶであることを強調してみたが伝わったかどうかはわからない。ファルマン少尉は私を見下ろしたままぽかんと口を開けている。あーあーどうせ私に彼氏だなんて無理とか思ってるんでしょう!常日頃から「彼氏?結婚?いや今は興味ないですねー」などと吹聴しているこの私が彼氏を紹介してもらうためにのこのこ出てきたというところからまずありえないと思われているはずだ。そう思うと居たたまれなくて、早いところここから消えようと思っていたらファルマン少尉が急に頭を抱えて呟いた。
「……嘘だろ」
「えっなにがです?」
「…………それ、俺のことだよ」
「は、はいいいい!?」
なんでだよ!とかファルマン少尉につっこんだところで仕方ない。ファルマン少尉と私はもともと知り合いだ。わざわざベアトリクスやその同期を介して食事の機会を設ける必要などないはずなのだけど。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
「ちょっと意味がわからないんですが……彼女欲しがってたのってベアトリクスの同期じゃなくてファルマン少尉のことだったんですか?」
「欲しがってたっていうか……部下と結婚の話になって、相手がいないって言ったらあれやこれやと話が進んでしまって気付いたらこんな流れに……」
「で、断れなかったんですね……」
両手で顔を覆ったファルマン少尉がこくりと頷く。たしかにベアトリクスの言う通り良い人だ。いや、ファルマン少尉が良い人なのは私も良く知っているのだけど……。彼の優しさと遠慮がちな性格は長所でもあり、短所でもあった。押しに弱いというかなんというか。まあ私は私で食事を餌にまんまと釣られてしまったわけで、ファルマン少尉にとやかく言える立場にはないのだが。それにしても、ファルマン少尉もさぞびっくりしたことだろう。可愛い女の子でも紹介されるのかとウキウキ(かどうかはわからないが)でやってきたら見知った顔が居たのだから。
「すみませんね、そんな大事なイベントに私なんかが現れてしまって」
「俺は正直ちょっと安心した」
「……どうしてですか?」
「だって初対面の女の子となんて、なにを話していいかわからないし」
「私もです。実を言うと、今日は罰ゲームを受ける気分で来ました」
「ば、罰ゲームってお前……」
「でもファルマン少尉なら全然大歓迎です」
「……なら良かった。俺も准尉ならいつでも歓迎だよ」
せっかくだし、食事は予定通りしていくかとすっかり開き直ったファルマン少尉が笑いながら両腕を真っ青な天に向かって目いっぱい伸ばした。もちろんそのつもりだったので私は当然のように同調する。ファルマン少尉の笑った顔は好きだ。いやそういう変な意味じゃなくて。なんだかいつも苦労している様子だから、いつかは報われてほしいなんてこっそり願っている。
「ファルマン少尉って結婚願望あったんですね」
「……人並みには」
「じゃあ次は私が誰か紹介しましょうか」
「ええ……いや、もうしばらくはいいかな」
「悠長なこと言ってたらすぐおじいちゃんになっちゃいますよ」
「そんな大げさな。でも、結婚したらほら、准尉とこうやって飲みに行ったりできなくなるかもしれないだろ」
「……それは、ちょっと寂しいですけど……」
「俺も寂しいよ。だから、まだいいかなって」
そんな言い方反則だ。ザ・苦労人のファルマン少尉の幸せを願っていた癖にちょっと嬉しくなっている自分がいる。
「婚期逃しても私のせいにしないでくださいね」
「不吉なこと言うなよ……でもまあ、その時は責任もって准尉に引き取ってもらうか」
驚いて見上げたらファルマン少尉は明らかに寒さ以外の原因で赤くした顔を背けていた。自分で言って照れまくるくらいなら言わなきゃいいのに。ていうか、私も婚期逃すの前提ですか。
世界が終わるまでこのままでいよう::ハイネケンの顛末