※ちょこっとだけおまけ4コマネタ
「デートってどんな服着たらいいんですかね」
デート。①日付け。年月日。② (━する) あらかじめ約束をして、異性の友人と待ち合わせて、会うこと。さて、この場合はどちらか。俺は真剣な顔をした軍曹の前で逡巡する。いうまでもなく後者だろう。つまり彼女は、俺以外の誰かとデートするための服装について助言を求めている、ということになるわけだが。
「……なんでよりによって俺に聞くんだ」
「今思い出したから」
「もっと適任がいるだろ」
「たとえば?」
「……マスタング大佐、とか」
「大佐はだめですよ」
「どうして」
「『君が着ればどんな服でも素敵に見えるよ』とか全然参考にならないこと言いそう」
「それじゃだめなのか?」
「だめなのですよ」
さっぱりわからない。褒められているなら問題ないのでは、と思ってしまうあたり、やはり俺にこの手の質問は向いていないのだと痛感する。
相手はシュターミッツ少将の息子らしい。軍曹の直属の上司である。悪い噂は聞かないし、実際軍曹の話を聞いてもとても人の良い上司らしいが、少々お節介なのが玉に瑕だとか。今回のデートも、彼女が同僚との雑談で「彼氏いない歴◯年~」などと自虐ネタを披露したのを小耳に挟んだシュターミッツ少将が本気にしてそれなら私の息子はどうだと勧めてきたらしい。
「悪い人じゃないんですけどねぇ……」
だからこそ無碍にはできないし、少将の顔に泥を塗ることもできないというのが軍曹の弁である。まあ、それを除いても彼女の場合押しに弱いところがあるし、結局断ることは不可能だっただろうと俺は想像している。
「やっぱりミニスカにしておくべきですか?ファルマン准尉もお好きなんですよね」
「……はっ!?いやいやいやいやいやいやいやいやなんだその情報!?誰に聞いたんだよ!」
「あれ、違いましたか」
「ちがっ……くもないというか、ってそうじゃなくて!」
「好きか嫌いかで言うと?」
「…………好き、かな」
「じゃあファルマン准尉とデートするときはミニスカにしておけばイチコロってことですね。わかりました、こっそり言いふらしておきます」
「激しく誤解を招きそうな発言はやめてくれ」
会話はそのまま途切れ、軍曹は持っていた雑誌を広げて読み始めた。まったく……一体誰なんだ、彼女にミニスカがどうのと吹き込んだのは。気にはなるが、これ以上話題を引っ張るのも躊躇われる。結局俺は不味いコーヒーを無理やり流し込んで誤魔化すことしかできなかった。しかし、軍曹のスカート姿なんてさっぱり想像できない。なにせ軍服姿でしか顔を合わせたことがないのだから、普段の私服など思い浮かばなくて当然だろう。自分は見たことがない軍曹の普段着を、これまた自分の知らない誰かが俺より先に目にすることになる……そう考えると複雑だ。しかもただ私服を見られるだけではない。デート。デートだ。時間差でじわじわとその言葉の重みがのしかかってくる。今はまだお互い名前だけを知っている状態だとしても、死ぬほど馬が合って即交際に発展するということも無きにしも非ず、である。俺は無意識にしていた全身の緊張を解き、コーヒーカップの持ち手から手を離す。幸い軍曹は大人しく雑誌に目を通していたので、俺の様子には気が付いていなかった。
「もし、少将の息子が良い人だったらどうするんだ?」
「え……うーん……そこまでは考えてなかったけど……まあお付き合いしてみるのもいいかもしれませんね」
「その……す、好きな人、とかはいないのか」
「……居るといえば居ます、けど」
「随分微妙な答え方だな」
「だって全然気づいてくれないし……たぶんご縁がないんだと思います」
「そいつが絶望的に鈍いっていう可能性は?」
「……私がはっきり言わないのも悪いってわかってるんですけど、でもやっぱり今の関係が壊れると思うと怖くて」
「いくらか親しいなら、上手くいく可能性だってあるじゃないか。そうやってなんでも悪い方に考えるのは良くないぞ」
「……」
ページを捲りかけていた軍曹の手が止まり、雑誌と向き合っていた顔は数分ぶりに俺の方を向いた。なんだか複雑な表情の宿る瞳がじっと見つめてくる。なにか地雷を踏みぬいてしまったのかと不安になっていると、軍曹は少し目を伏せてからもう一度こちらを見た。
「じゃあ言いますけど、その前にひとつ」
「うん?」
「振られたら慰めてくださいね」
「わ、わかった。約束する」
「好きです」
「……え?」
俺は耳を疑ったが、軍曹は至って真剣で、冗談を言っているようにはとても見えない。今までの会話の流れからして、超絶鈍感男に当たって砕けろ的な展開だったはずだが。俺は彼女が「なんちゃって~!びっくりしました?予行演習ですよ!」などと盛大なネタバラシをしながら大笑いするオチを期待してしばらく見守っていたが、軍曹はいつまで経っても微動だにしない。
「……なにか言ってくださいよ……結構恥ずかしいんですけど」
「え……ああ、すまん……いや、俺じゃなくて、軍曹が好きな人に言わないと意味がないじゃないか」
頭に大量のはてなマークが浮かんだ状態で、俺はなんとか言葉を絞り出す。と、軍曹が突然テーブルに突っ伏した。ゴン、と割と痛そうな音と共に「はああああああ」という心底呆れたようなため息がセットで聞こえる。
「ここまではっきり告白しても気付かないって、そんなことあります?」
即座にがばっと起き上がった軍曹がじろりと俺を睨んで恨み言を吐いた。気のせいでなければ彼女の目には涙が滲んでいて、超鈍感野郎である俺はようやくその意味を知ったのである。
「それとも遠回しに振ってるんですか、ファルマン准尉」
涙を零すまいと必死に堪えているらしい軍曹はそう言ったきり口をぐっと一文字に結ぶ。やってしまった。俺のことなど眼中にないと思い込んだ故に、今まで良かれと思ってやっていたことが全部裏目に出ていたらしい。彼女との過去のやり取りを振り返れば、今更ながら思い当たる節はいくらでもあった。大佐たちに知られたら死ぬほど詰られそうな酷い男だったわけだ、俺は。自省したいのはやまやまだが今はそんな場合ではない。
「ち、違うんだ……いや、その、ほら俺なんかじゃ軍曹に似合わないと思って」
「ファルマン准尉も結構なネガティブ思考じゃないですか」
「あ……うん、そうだな……人にとやかく言えたもんじゃないな」
「似た者同士ですね」
「うん」
「…………で、ファルマン准尉の方はどうなんです」
「こっ、ここで言わないとだめなのか?」
ざわざわと騒がしい休憩室の一角と雖も、ここは一応司令部内である。今更ながら、成り行きとはいえこんな込み入った話を堂々としていて大丈夫なのかと思わず辺りをキョロキョロと見渡すが、俺たちに注目している者は誰一人居ないようだった。
「一思いにスパッとやっちゃってくださいよ、もう」
すでに振られる覚悟でいるのか、軍曹は半ば開き直ったような態度に変わっている。
「お前がデートするって聞いて、ほんとはちょっと焦った」
「……つまり?」
「………………つ、つまり、俺も好きってことだよ」
「……うそだ」
ぽつりと呟いた軍曹の目からとうとう大粒の涙がこぼれた。
「わ、わーーっ!泣くなって!俺が泣かせたみたいだろ!」
「いいえ、ファルマン准尉に泣かされました……」
「なんでだよ!」
生憎使用済のハンカチしか持ち合わせていなかった俺はすっかり動転してしまい軍服の袖で雑に彼女の涙を拭う。
「はっきり言って、お前の気持ちにはさっきまで気付かなかったんだけど……でも、俺以外の男とデートするのは嫌だって思った」
「じゃあファルマン准尉がデートしてくれますか?」
「……ああ」
「嬉しい、です。ミニスカ履いて行きます」
「そ、それは忘れてくれ……頼むから」
漸く泣き止んだ軍曹が笑顔を見せてくれてほっとした俺だったが、結局そのあと執務室に戻った彼女の目が赤くなっていたことでこの騒動が明るみになり、マスタング大佐を始め周りの上司同僚から死ぬほど詰られたのは別の話である。
はがれた鱗が世界を急かす::ハイネケンの顛末
自分のことには死ぬほど鈍感だったら萌えすぎて困る(困らない)よねって感じのお話でした。