※鋼の世界にエイプリルフールってあったっけ?という疑問にはノーコメントで




 今日の私はいつになく気合が入っていた。なんなら仕事よりやる気に満ちていた。毎年毎年失敗していたエイプリルフールを今年こそ成功させてみせる!作戦は数か月前から考えていた。まずはこれまでの反省点を振り返り、原因を探る。そして対策を練り、改めて過去の作戦を頭の中でシミュレーションする……。自分で言うのもあれだが、エイプリルフールにここまで命を懸ける人間が他に居るだろうか。そうやって途中何度も正気に返って虚無感に襲われつつ、とうとう自分にもできそうな嘘を思いついたのであった。
 いつもは誰彼構わず適当に嘘を並べていたが、今回はターゲットを絞ることにした。同僚はだめだ。すでに何度も仕掛けていることもあってきっと今年もくるぞとニヤニヤしながら待ち構えているに違いない。ならばほどほどに親しく、それでいて普段あまり接点のない、適度に冗談の通じそうな他の誰かである必要があった。私はそのお目当ての人物を探しながら司令部を練り歩く。なにせ執務室が端と端にあるものだから、会うのも一苦労だ。しかしこれも作戦のうちだと思えば苦にならない。果たして今回のターゲット……もとい、ファルマン准尉は私の正面から現れた。休憩かなにかだろうか。だとしたら好都合だ。ミッションスタートの緊張感から心臓が煩くなる。私は一度小さく深呼吸してから務めていつもの調子でファルマン准尉に手を振った。

「ファルマン准尉、こんにちは」
「ん、軍曹か。こんなところで会うなんて珍しいなあ」
「准尉を探してたんです」
「俺を?」
「実は、この度寿退社することになりまして、そのご挨拶にと」
「……は?」

 「寿退社」って軍属でも使うのかという疑問はさておき、目の前のファルマン准尉が口を開いたまま固まったのを見て、私は内心ほくそ笑んでいた。この反応は……いける!と思わずガッツポーズしたくなる衝動を必死で抑える。ところが、ファルマン准尉はいつまで経っても動かない。そんなに驚くことだろうか。たしかに自分で言うのもアレだが男っ気はなかったから意外かもしれないけれども。それとも、こんなどんくさい女でも結婚なんてできるのかなどと別方向で驚かれているのかもしれない。いや私だって好きな男性の前ではちゃんとそれっぽい態度取りますからね!?……たぶん。などと脳内で言い訳しているうちに我に返ったらしいファルマン准尉がようやく口を開いた。

「………………誰が?」
「私が」
「………………………………なにをするって?」
「いやですから、結婚するので退役して引っ越すことになりました」

 私はありもしない結婚を語りながら左手の薬指につけた指輪をファルマン准尉に向かって示した。これもたまたま家にあった安物の指輪である。小道具も完璧だ。が、作戦とはいえ真実を知っているとなんだか虚しくもある。エイプリルフールがこんな悲しいイベントだったとは初めて知った。ファルマン准尉は私の左手に釘付けだ。私は彼が焦ったり怒ったりするところをまだ見たことがない。会えば気さくに声を掛けてくれて、時にはコーヒーを差し入れしてくれたり、愚痴を聞いてくれたり。ファルマン准尉は私にとって常に優しい先輩だった。怒と哀の感情を持ち合わせていないんじゃないかと疑ってしまうほどに。だから、いつもと違うことをすればいつもと違う一面が見られるかもしれないという下心もあったのだが……この様子だとどうやら効きすぎたらしい。予想の100倍上手くいってしまったせいで、逆にいつネタバラシをすればいいのかと迷ってしまう。今がちょうどいいタイミングだろうか。私は小脇に抱えていたスケッチブックを広げ、マジックで「ドッキリ大成功」と大きく書かれたページをフリーズ状態のファルマン准尉の眼前に突き出した。

「な、なーんちゃって……?」
「……え」
「今日、エイプリルフールですよ、ファルマン准尉」
「……えい、ぷりる、ふーる……」

 カタコトみたいに呟いたあと、ファルマン准尉は時間差で膝からがくんと崩れ落ちた。

「えええええ!ちょ、だ、大丈夫ですか!?え、ていうか、そんなにびっくりしました!?」
「……したよ、すごく、頭真っ白になった」
「そこまで!?」
「だってそんな話、一度も聞いてない…………」
「そりゃまあ、作り話ですから」

 なんだか申し訳なくなってしまうくらい綺麗に騙されてくれたファルマン准尉は廊下のど真ん中で頭を抱えたまま再び動かなくなってしまった。人気はないが廊下占拠はさすがにまずい。

「す、すみません、まさか本当に成功するとは思ってなくて」

 手を差し伸べると、少しひんやりしたファルマン准尉の大きな手が重ねられた。

「じゃあその指輪は」
「あ、これはあの、たまたま家にあったやつですよ」
「……なんだ…………」

 立ち上がったファルマン准尉が壁に手をついて息を吐く。よほど驚いたらしい。そのながーいため息の後でちら、と私を振り返った。

「頼むから心臓に悪い嘘はやめてくれ」
「結構マイルドなやつだと思ったんですけどねえ。むしろすぐ看破されるかと」
「いや、破壊力抜群だったぞ」
「……なんか素直に喜べないのはどうしてだろう」

 ひっかかってくれて嬉しいような、遠回しに結婚なんてしなさそうだもんなと言われているようで心外なような。多少のモヤモヤが残りつつ、一応今年のエイプリルフールは大成功という結果になった。ファルマン准尉には少し悪いことをしてしまったようだが。お詫びの印に、と私はあらかじめポケットに忍ばせておいた飴を渡す。

「で、ほんとのところ、相手はいるのか?」
「いえ残念ながら今は……」

 もし本当に彼氏なんか居るならエイプリルフールを待たずに早く結婚して寿退社してしまいたい、と肩を竦めた。

「……じゃあ、俺が立候補しようかな。軍曹の恋人に」

 ファルマン准尉が少し屈んで顔が近くなる。私は一瞬理解できなくてきょとんとその顔を見つめた。

「………………え、えええええええええあああ!冗談か!仕返しですね!?あ~~~もうびっくりした……」
「ドッキリ大成功、だな」
「さっき自分で心臓に悪いやつはナシって言ってたくせに……!」
「これでおあいこだろ」
「……なんか悔しいなあ」

 最後の最後でしてやられてしまった。ミイラ取りがミイラに……なんてことわざが頭に浮かび、がっくりと肩を落とす。すっかり普段に戻ったファルマン准尉はそんな私を置き去りにして「まあ考えておいてくれよ」などと笑いながら颯爽と去っていくのだった。





←back book next→


この世界もきっと神さまの妄想さ::変身