「大佐、その後さんの具合は如何ですか」
「……ん?なんだ、聞いてないのか」
報告書を提出するついでに平静を装って聞いてみると、さも意外そうな顔をされてしまった。聞いてないもなにも……あれ以来彼女には会っていないし、連絡先も知らないから電話等もしていないので知り様がない。
「翌日電話をしたら、医者に行って薬をもらってきたと言っていた。もう熱は下がっているから家には来なくていいとくぎを刺されてしまったよ」
「……そうですか」
寂しいものだ、と大佐が肩を竦める。この人、くぎを刺されなかったら次の日も押しかけるつもりだったのか。大佐がこちらを見ていないのを良いことにこっそり苦笑する。ともあれ回復に向かっているようでなによりだ。数秒のうちに大佐は1枚目の書類を仕上げ、脇に追いやる。いつもこれくらい仕事熱心なら助かるんだが。
「ところでファルマン。お前、ようやくをデートに誘ったらしいな」
「………………はっ!?」
「が嬉しそうに報告してきたぞ。お前は奥手だと思っていたが……中々隅に置けないな」
「あの、いや、待ってください、デート、だなんて……そんなつもりは」
「……ほう?お前、そんなつもりもなくを誘ったのか」
「えっいやそういう意味ではなく」
話がどんどん大事になっているような……ていうか、全部大佐に筒抜けかよ!と泣きそうになりながら俺は一生懸命弁解する。大佐はポケットから発火布の手袋を取り出した。流石にシャレにならない。
「誤解です!さんが私に対して迷惑ばかりかけていると気にされていたから、それなら今度一日私にお付き合い頂いておあいこにしようという提案をしただけで……」
「それがデートでなくて一体なんだというんだ」
なるほど、大佐から見れば女性と出かけるという行為は等しくデートなのか。俺はさんが迷惑だとかそういうことをあまりにも気にしていたので苦し紛れに提案しただけのことなのだが……これが認識の違いというやつなのだろう。などと納得している場合ではない。このままではさんを泣かせるとかそれ以前に焼かれてしまう。しかし彼女の方もデートだと思っているのなら少し申し訳ないことをしてしまった気がする。……いや、もし本人にその気がなくても、大佐が色々と吹き込んでいそうだな。
「いいかファルマン。二人きりで女性を誘ったならそれは全てデートだと思って臨め」
そんな無茶な……。大佐やハボック少尉ならまだしも、自慢じゃないが俺はそういう柄ではない。まあ二人きりで女性を誘うというシチュエーション事態ほぼゼロなので、ある意味真理かもしれないが。
「それは極論すぎませんか。大佐だってデート以外で女性とでかけることくらい」
「ない」
「……即答ですか」
「とにかく!自分の発言には責任を持て!お前がそんなではすぐ他の男に横取りされるぞ!」
「は、はいっ……!」
大佐の迫力に気圧されてつい返事をしてしまった。大佐はもう俺とさんがお付き合いをするものだと思っているようだ。そうなれたらいいなと思わなかったと言えば嘘になるが、こう、物事には順序というものがあるはずだ。まだ知り合ってからひと月程度だぞ。俺は大佐のように一足飛びで女性と親しくなれるような技も魅力も持っていないのだから、できればもう少し静かに見守ってほしい。大佐からすればさんには一日でも早く幸せを掴んでほしいと気が急いているらしく、どうにも強引さが露骨だ。彼女に対して過保護すぎるきらいがあるとは思っていたが……あの事件のことを聞いてからはそれも仕方ないように思ってしまう。とはいっても一々口出しされるのはご免被りたい。これ以上余計な詮索はされないようにと、俺は大佐が最後の書類にサインを入れた瞬間さっと掠め取って足早に退出する。やれやれとドアを背にため息を零すとちょうど戻ってきたホークアイ中尉に怪訝な顔をされてしまった。
「どうしたの、ファルマン准尉。随分疲れた顔をしているわね」
「……いえ、なんでもありません」
「そう……でも、そんな様子では彼女が心配するんじゃないかしら」
「……かの、じょ?」
「……彼女ができたって聞いたけれど?」
「聞いたって……誰にですか?」
「大佐よ」
「………………た、大佐――ッ!」
今度こそ泣きながら閉めたばかりのドアをばーんと開けると、俺たちの会話が聞こえていたらしい大佐がデスクに突っ伏して肩を震わせていた。
***
なんだか今日はいつもに増して疲れたようだ。……原因は大佐だが。寮に戻って着替えながらふとカレンダーに目を止める。デートか……。あの時は思いつきで誘ってしまったし、本当に、誓ってそんなつもではなかった。だが大佐はともかくさんまでそのつもりならきちんと考える必要がありそうだ。まだ具体的なことはなにも決めていないのだから時間ならある。彼女はなにが好きなんだろう。どんなものに興味があるのだろう。そんなことすら知らない俺が果たして本当にデートなどという一大イベントを乗り越えられるのか?……そうだ、俺は彼女のことをまだなにもわかっていない。
こうして愛は揺れるのだ::ハイネケンの顛末