※マスタング組とわちゃわちゃするだけ
※ほんのり准尉寄り
「みなさん一服いかがですか?」
彼女は決まって午後4時にやってくる。その小さな手にはコーヒーの6つ乗ったトレー。ときどきお菓子が付いてくることもあった。場違いなほどのんびりとした柔らかい声色と香ばしいコーヒーの香りに俺たちは全員顔を上げた。と同時に、ピリピリと音が聞こえそうなほど根を詰めていた我々の空気が一瞬にして和らぐのがわかる。
「やあ、いつもすまないね」
「ありがとう、軍曹」
カチャ、と小さな音を立てて白いコーヒーカップが配られる。大佐を始め室内の面々はそれぞれ軍曹と一言交わしてからそのカップに口をつけた。
「どうぞ、ファルマン准尉」
いよいよ自分のデスクの右寄りにカップが置かれた。続いてその隣に可愛らしくラッピングされたクッキーが静かに添えられる。はて、今日はバレンタインだったかと一瞬首を捻ってカレンダーに目を遣るが、なんでもないただの平日である。そりゃそうだ。もうすぐ夏がやってくる。つまり今はバレンタインなどという冬の行事とは無関係の季節なのだった。そんなことにすら頭が回らないとは情けないやら恥ずかしいやら。すぐに目線を戻せば彼女がこちらの顔を覗き込んでにこりと笑った。今日も軍曹の笑顔はマスタング大佐以下5名へ平等に向けられている。
「ありがとう」
「いつもので大丈夫でしたか?」
「ああ」
このやり取りもなんだかこそばゆい。もちろん自分だけじゃなくて、軍曹はマスタング大佐が角砂糖1つだけ入れることも、ホークアイ中尉が自分と同じようにブラックコーヒーを好むこともしっかり把握している。ハボック少尉とフュリー曹長もブラック、ブレダ少尉は角砂糖10個にミルクをたっぷり。彼女の手元を観察しているうちに、いつの間にか自分まで覚えてしまっていた。
どうしてこの習慣が始まったのか、少なくとも俺はもう覚えていない。大方マスタング大佐がどこかから強引に連れてきてしまったのだろう。そう思うと軍曹もとんだ災難だが、嫌そうな顔もせず毎日律儀に通うのは生来の真面目な性格からなのか、あるいは目的を持ったものなのか。彼女の微笑からは読み取ることができなかった。
「このお菓子、とても美味しいんですよ。よかったら食べてくださいね」
そういえばなんだか見たことのあるようなないような……じっとクッキーの包みを凝視して、ようやくそれが大通りに新しくできた若い女性に人気の焼き菓子専門店のものだと気付く。
「これ……もしかしてわざわざ並んで買ってきたのかい?」
「まさか!この前友人と行ってきたので、そのついでです、お土産です」
あんまり必死に首を振るものだから、「それならいいけど……」とこちらも引き下がるしかない。今度自分からもなにか返さないとと思いつつ、最後にフュリー曹長のデスクへ足を向けた軍曹の背中を見送る。手の中にある包みは、俺自身には一生関りがないといっても過言ではないほどふわふわキラキラと豪華に飾り付けられていた。そういった意味でもありがたい限りだ。クッキーと数秒見つめ合ったあと、俺はようやくそれをデスクの上に戻してコーヒーカップに持ち替えた。うん、いつもと変わらず不味い。最早安心感すらあるコーヒーの雑味が口いっぱいに広がり、すぐにそれを喉奥へ送り込む。いやこの驚きの不味さは逆に目が覚めて集中力が上がる…………なんてこともなく、苦い液体はただただ胃袋へと吸い込まれ、後には不快な渋みだけが残った。
「カップはまたあとで下げに来ますので。お仕事頑張ってくださいね」
「ああ、ありがとう。待っているよ」
マスタング大佐から大仰に見送られ、軍曹ははにかんだまま退室した。と、すぐに時計を見上げた中尉から「15分経ったら仕事再開ですよ」とくぎを刺される。
「それにしても、あいつも毎日毎日よくやるよな」
さきほどの自分と同じことを考えていたのか、ブレダ少尉がぽつりと呟く。一瞬ぎくりとして声の主に目を遣ると、ハボック少尉も彼に同意した。
「まあ、軍曹みたいな可愛い女子に淹れてもらえばこの軍部名物クソマズコーヒーもちょっとは旨味を感じるってもんだから俺は助かるけどな」
「……俺には同じ味にしか感じないが」
「お前はそもそも砂糖とミルク入れすぎ」
「あら、知らないの?軍曹がここにしょっちゅう来る理由……」
さも意外そうに中尉が目を丸くした。
「私に会うためだろう?」
当然のように大佐がずいっと名乗り出たので一同苦笑いする。しかし悲しいかな、その可能性が一番高いことも俺は知っていた。女好きが玉に瑕とはいえ、やはり焔の二つ名は伊達ではない。せめて軍曹が悲しい思いをしなければいいのだがと彼女の笑顔を思い浮かべながら再びコーヒーを口に含んだ。
「いやいや、俺かもしれないっすよ。ほら、この前荷物運びを手伝ったお礼にって飴もくれて」
「それは単なるお返しだろう。義理だ義理。それより見ろ!私はクッキーを2つももらったぞ!」
「さっき自分でねだってたくせに……」
不毛な言い合いを放置し、フュリー曹長が話題を引き継いだ。
「中尉はなにか知ってるんですか?」
尋ねられて、ホークアイ中尉の手が止まる。その視線がフュリー曹長、そして自分へと順番に注がれたあとでそっと下に向けられた。
「……まあ、そのうちわかるんじゃないかしら。相手がよほど鈍感でなければ、ね」
俺は中尉の意味深な嘆きを聞きながら軍曹の置いていったクッキーの包みをポケットにしまいこんだ。割れてしまわないように気を付けないとな。
そんな心配ばかりしていたものだから、リボンに挟み込まれた小さなメモに気付いて驚嘆するのは寮に帰宅してからのことだった。
きみとボリジの砂糖漬けと::ハイネケンの顛末
なぜか年末から急に准尉にハマった結果、単行本全巻+ファンブック買い直しました。
仕事では一人称私なのに普段が俺なのすっっっごい萌える。