紅茶が美味いと若い女性に人気の喫茶店がある。司令部内でたまたま小耳に挟んだその口コミを頼りに店の場所を突き止め、情報を調べた。ミルクティーが特に有名らしいが、クレープも絶品だという。自分には縁のないそのおしゃれな喫茶店も、さんなら店のテラスに座ってのんびり紅茶を飲む姿が容易に想像できる。
 そんなにわか情報だけでさんとの約束……大佐の言うところのデートに臨んだわけだが、当の彼女は一言もしゃべらずただ黙々と俺の後から続くだけだった。それもそうか、あんな事件の直後では……。後日の家宅捜索によって地下から発見された証拠が決めてとなって犯人は逮捕され、今後裁判にかけられることになっている。憲兵の調べでは一家殺害の他、余罪がいくつもあるらしい。さんのノートに窃盗、強盗等の不穏な文字が並んでいたが、それらの情報も正しかったようだ。執念というやつなのだろうが憲兵もびっくりのリサーチ力である。
 そのほとぼりも冷めないうちに決行するべきではなかったと少し後悔もしているが、生憎急がなければならない事情ができてしまった。マスタング大佐の中央への異動だ。そしてなんと俺にもお呼びがかかっている。もちろん断るわけもない……。大佐には「にはまだお前のことは話していない」と意味ありげに言われてしまった。要するに自分で伝えろということだ。俺は異動を言い渡された日のハボック少尉を思い出す。すっぱり「別れろ」と一刀両断する大佐は、無慈悲だが正しい。中央と東部、気軽に行き来できない距離というわけではないが繋がるには遠い。……って、その前に肝心な一言すら伝えられていないのだから少尉とは違って余計な心配ともいえるが。俺は俺でこれからも一緒に居てほしいという気持ちと、東部と中央で離れてしまうならいっそ潔く諦めるべきだろうかという気持ちがせめぎ合ってなかなか結論が出ないまま、今日を迎えてしまったわけである。

「……ファルマン准尉」

 ぼんやり考え事をしていた自分の小指にそっと温かいものが触れて、思わず足を止める。どうやらさんが自身の指でつまむようにしているらしい。……こっ、これは…………どうしたらいいのだろう。情けないことに彼女のこの行動が一体なにを意味するのか、俺にはさっぱりわからない。ただ引き止めるために丁度良い位置にあった小指を掴んだだけのか、それとも…………いっそこちらから手を繋いでしまうべきだろうか。さんのことだからきっとそうしたいと思っていても言い出せないに違いない。いやでも、もし俺の勘違いだったら……!

「ありがとうございました。……また、助けられてしまいました」

 ごちゃごちゃと悩んでいるうちにさんが俺を見上げて泣きそうに笑った。……ああ、結局俺はこんな顔しかさせられないのか。どうしようもない無力感に苛まれ、鼻の奥がツンとするのを感じる。助けたつもりだった。でも、それが正しかったのかは今でもわからない。人を殺すことを肯定するわけじゃない。たださんの心の棘を取り除く機会はきっと永久に失われた。彼女はこの先もあの殺人犯を、そして殺された家族を思い出して自分の非力さを呪うのだろう。一人で涙を流すのだろう。それを止めることはできずとも、せめて大佐と一緒に支えてあげられたら。……と、思っていたのに。

「私のこと、恨んでいませんか」
「まさか。……だって、もし私があの人を殺してしまっていたら、今日ここには来れませんでしたから……」
「実は、今日は来てくれないかと思ってました」
「……どうしてですか?」
さんの境遇も大佐から聞いただけの部外者が、咄嗟とはいえ偉そうなことを口走ってしまったので、傷つけてしまっただろうと」
「そんなことありません。嬉しかったです。お恥ずかしい話ですけど、私、言われて初めて周りのことを考えました。マスタング大佐はいつも私を見守ってくれているし、それに……ファルマン准尉も、優しくしてくださるから、つい、頼りたくなってしまいます……」

 さんが掴んでいる俺の小指にぎゅっと圧力がかかる。それから大きく深呼吸するとなにか決意したように硬い表情で再びこちらを見上げた。

「私、ファルマン准尉から見たら全然子供だし、なにもできないですけど……ちゃんとするように努力します、から…………そ、傍に居させてもらえませんか」
「……え」

 まさか、先を越されるとは予想外だった。これまで見てきた限りさんはこういったことに積極的になるタイプではない。……いや俺も人のことは言えないが。もしこの関係が進展するとしたら、きっと俺からだろうと思っていた。嬉しい、と同時に仕事を思って気分も沈む。

「私も、さんのそばに居られたらと、思ってました……でも」
「セントラルに行かれるんですよね」
「……ご存知だったんですか」
「マスタング大佐が異動されると聞いて、きっとファルマン准尉もご一緒だと思いました」
「はい……なので、あと少しでお別れになってしまいますし……」
「ファルマン准尉!」
「は、はいっ」

 さんにしては珍しく大きな声で呼ばれ、咄嗟に姿勢を正した。赤くした顔に、少しだけ不満を露わにして俺をじっと見上げている。かわいい。などと空気も読まず口走りそうになったのを堪えて彼女の言葉を待つ。

「つ……ついてきてくれとは、言ってくださらないんですか?」
「…………ついてきて、くれるんですか」
「あ、あの、ご迷惑なら断ってください……」
「迷惑だなんて……」

 この人はどうしてこう、いつもいつもそんなことばかり気にするのだろう。伝わらないのがもどかしくて、いっそ抱きしめてしまいたくなる。が、天下の往来でそんな大胆なことができるわけもない。もしそんなことが大佐の耳にでも入ったら……考えるのも恐ろしい。俺は踏みとどまって未だに小指を握っていたさんの手を取った。

「一緒に来てください、さん。私がそうしてほしいんです」
「……はい、喜んで」

 ようやく微笑んださんの目尻から涙が落ちた。それは止まる気配がなく次から次へと零れて彼女の頬と地面を濡らしていく。

「な、泣かないでください……!さんを泣かせたら、私が大佐に燃やされてしまいます……!」
「燃やされ……って?どうしてですか?」
「ああいや、大佐と約束したんです。さんのことは泣かせたりしないって」
「……なら、大丈夫です。これは嬉し泣きですから」

 そうか、うれし泣きなら……弁解の余地はありそうだ。とはいえ往来で泣かせてしまったことは事実なわけで。俺は誤解を生まないうちにと彼女の涙を優しく拭いながら「大佐には内緒にしておいてもらえますか」とお願いしてみたらさんは笑いながら頷いた。さきほどのような悲しみを含んだ笑顔ではなく、初めて出会った時に見たような、この世のなによりも柔らかい、俺が好きなあの笑顔だ。今度は自分から彼女としっかり手を繋いで、目的の店へと歩き出した。今日はたくさん話をしよう。さんの好きなものとか、興味のあることとか。そうしたら次はもっと彼女が喜ぶ場所に2人で行けるだろうから。





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死んでも悔やむなその愛を::ハイネケンの顛末

▼あとがきっぽいやつ
ここまで読んでくださった方、ありがとうございましたーー!
やっぱハガレン夢といったら錬金術師がテッパンだよなあ!と勢いで夢主を国家錬金術師設定にしてしまいましたが、管理人は超文系で物理とかちんぷんかんぷんだったのでぐぐった時間の方が長かったんでは…!?というくらい調べました。今回のスペシャルサンクスはグー●ル先生です。もうひとつのテッパン設定(管理人調べ)の上官夢主(錬金術師じゃないやつ)も、なにか思いつけば書きたいなあ。
あと何故か当初の予定の100倍大佐の出番が増えてしまい、それに伴って准尉の苦労度も急上昇してしまって心の中で准尉に謝りながら書いてました。大佐ってたぶん子供できたら親バカ発揮しそうだなあっていう勝手なイメージあったんですけど、これはたぶん私的神サイト様の作品の影響かもしれないです。と今気づいた。
ハガレン夢は学生時代に前述の私的神サイト様にぶち当たって以来自分で書くことはなかったので●年ぶりです。原作も実家に置きっぱなので買い直して、ファンブックもあったんかい!!と今更知って全部揃えて、アプリゲームも入れました。そして無事准尉をゲットしてご満悦の管理人。数年前の展の時はここまで准尉にハマるとは夢にも思ってなかったので、全然記憶にないのが残念であります。
というわけで准尉への愛はまだまだ醒めません。同じく准尉好きの方がいらっしゃれば今後ものんびりお付き合い頂けますと心強いです。